1億ドルの記憶
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    1億ドルの記憶

  198X年8月28日・金曜日――ツアーはこの日フリータイム、きみは香港島中環地

区・皇后大道を西へウインドショッピングしていた。日本で言えば銀座、メインストリー

トの1つである。とうぜんきみのほかにも観光客はわんさと歩いており、日本人も多い。

  ただ、ここは空が狭い。細い道路の両側に高いビルが並んでいるからだ。「日本の道路

は狭い」とよく言われるが、ここはそれ以上、いや、それ以下である。

  とはいえ、週末・月末、しかも解放記念日を3日後に控えて、中環地区の商店・レスト

ランはいつもながらの活気にあふれていた。イギリスからの返還/中国への復帰の日(1

997年7月1日)まで残り10年を切ったことも、繁栄に表立った影響は与えてはいな

い。

  やがて、通りの右側にセントラルマーケットが見えてくる。それにそって2回右に曲が

ると、もう1つのメインストリート・徳輔道に出る。こんどは西から東へ、そぞろ歩く。

  20分ほどすると商店街はとぎれ、きみは銅像広場の南に達していた。右手には、チャ

イナ銀行・大香港銀行など、いくつかの銀行が並んでいる。

  きみは、手持ちの香港ドルが乏しくなっていることを思い出した。ここで両替えしてお

く方がいいだろう。明日は銀行は休みだし、ホテルや空港ではレートが悪い。

  きみは向きを変え、大香港銀行に入った。銀行の店内は、どの国も大差ない。開いてい

る窓口に進む。ふと見ると、2つおいて左の窓口にも日本人客がいる。40歳ぐらいの男

である。きみの両替えはすんなり終わったが、左方の日本人は何やらもめているようだ。

もめるというより、ことばがうまく通じないらしい。

  きみはその男に近づき、声をかけた。もちろん、日本語である。

「どうかしましたか」

  彼は一瞬けげんな顔、そして、日本人に会ったせいか、ほっとした表情を示した。

「いやあ、香港では日本語が通じると聞いてきたのに、ここでは通じないんですよ」

(ホテルやみやげ物店ならともかく、銀行では無理だろう)

  きみはそう思ったが、口には出さなかった。

  それに、文字にすると標準語だが、彼のアクセントにはひどい訛りがあった。日本語が

多少できるぐらいの香港人には、通じないかもしれない。きみは通訳したやったのだが、

両替えなどではない、ちょっとめんどうな用件だった。



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