1億ドルの記憶
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インタラクティブノベル(R)No.3
1億ドルの記憶
「その人は、どんな用件だったの?」
風穂鈴音が聞いた。
ここはきみの部屋、自分の住所が分かったので、ホテルを出て戻ってきた。そして鈴音
を呼んだ。きみはまず彼女に無事を伝えたかった。いや、会いたかった。香港出発の1週
間前に会ったきりだった。
きみが鈴音のオフィスに夕刻電話すると、彼女は午後7時頃仕事を切り上げ、まっすぐ
きみのマンションにやってきた。彼女に話を聞かせることによって、また彼女から質問や
指摘を受けることによって、記憶のジグソーが完成に近づく――そういう期待もあった。
きみは、自慢のサイホンから2つのカップにキリマンジャロを注ぎながら、彼女の問い
に答えた。部屋にはリチャード・クレイダーマンのピアノがCD(コンパクトディスク)
で流れている。
「結論から言うと、その男は貸金庫を使おうとしてたんだ。ところが、ことばの問題はと
もかく、それまでその銀行とはまったく取り引きがなかったので、手間取った」
「銀行は、犯罪に関係があるとでも思ったのかしら」
鈴音が名前通りの声できく。〈天は二物を与えず〉というが、彼女の声と目もと涼しい
清楚な容貌は、“反例”として十分だった。
「銀行員の心の中は分からないけど、犯罪に関係があったのは事実だ」
「というと?」
「金庫に入れたは小切手なんだけど、額面はアメリカドルでジャスト1億」
きみは彼女の反応を待ったが、鈴音にはその額がピンとこないらしい。きみはつづける。
「きょうの東京外為市場の終値で換算すると、約220億円になる」
それを聞いて初めて、鈴音は目を見張った。持ち上げたカップが空に止まったままだ。
しばらくして、ようやく
「なぜ金額まで分かったの?」
金額だけでなく、きみはその金庫の番号も知っていた。570619である。
「あとで安西がぼくに話したんだ。あ、安西明男というのが彼の名前だ」
「でも、犯罪に関係あるというのは……」
「安西は、貸金庫に小切手を納めてから、ぼくを近くのレストランに誘い、いろいろ話を
した。彼は、淀田商事の元副部長だった」
「あの……会長が斬り殺された淀田商事?」と鈴音。
「うん。小切手は、会長の隠し資産だった。会長の死とともに巨額の金の流れがうやむや
のまま終わったけど、安西はその一部を把握していた」
「そういえば、淀田商事が社会問題になった当時から、香港の隠し資産とかシンガポール
への残存資産持ち出しとか言われてたわね」
「うん、ところが安西自身は、『悪徳商法を反省している。いろいろ事情があってすぐは
無理だが、いずれこの資産を被害者に返したい。私に万一のことがあったら、きみが遺志
をついでほしい』と言っていた」
「ずいぶんきれいごとね。彼の本心だったの」
「今となっては、分からないなあ。彼は帰国直後、事故で死んだ。隠し資産を狙う者に消
されたのかもしれない」
「……」
「安西が押さえた資産は、金塊約8トンだった。小切手はそれを売った金だ」
「隠し金塊の話も、当時からあったわね」
「まともなルートで売却すれば、1グラム3000円として240億ぐらいになるんだが、
何かの事情でそれができなかった。そこで、光神会系の香港の闇ルートを使ってアメリ
カドルに変えた。そのため、約20億、ねぎられてしまったのさ。極東の金融センター機
能は、かつての香港から東京に移りつつある。でも、ブラックマネーや闇ルートとなると、
まだまだ東京より香港だね」
「で、あなたが狙われたのは……」
「20億の得をしたのは現地ブローカーであって光神会ではなかった。谷内組との構想で
資金難になっていた光神会は、“本体”220億を丸々かすめとろうと考えた。が、安西
がどこにどう隠したのか、光神会にも分からない。でも、なんらかの方法で、安西とぼく
との接触を知ったんだろう。隠し資産についてぼくが何かの情報を持っているとみて、8
月30日、ぼくをさらった」
BGMがとぎれた。CDが終わったのだ。
「これで、記憶が全部つながったわけね」と鈴音。
「そうだといいんだが……何か、だいじなことをまだ思いだしていないような気もする」
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